Carry On my way ~The Other Side of "note"~

主に女性アイドルの事を超不定期に徒然なるままに記すブログ

『スターウォーズ・エピソード3』を観てきました。

前の時間にも書いたとおり、今日は『スターウォーズ・エピソード3』を観てきました。
(恐らく、明日が休みでなければ、わざわざ出かけることは無かったでしょう。)
それでは早速、感想を書いてみたいと思います。


※これ以降は、ネタバレが一部含まれます。
 それでも良い方は、「続きを読む」をクリックしてお読み下さい。




スターウォーズシリーズの場合、戦闘シーンや立ち回りシーン(殺陣と言うべき?)に
見応えがあるのは、いわば「当たり前」なので、戦闘シーンについての感想は割愛します。
私の場合、これまでの5作は、ダースベイダーとルークとの対決〜和解や、
アナキンとパドメの恋愛のような“人間ドラマ”よりも、
どうしても、戦闘シーンや立ち回りのシーンばかりに注目してしまっていたのですが、
今回のエピソード3は、それらのシーン以上に、“人間ドラマ”の方が見応えがありましたね。
もっともエピソード3のストーリーは、エピソード4(第1作)以降への
話の繋がりに重点が置かれているので、当然と言えば当然なのですが・・・・・・。


それにしても、アナキンの気持ちを考えると、これ程辛い結末はないですよね。
だって、フォースの暗黒面に落ちるきっかけというのは、
愛する奥さん(パドメ)や、生まれてくる子供達(後のルークとレイア姫)を守る為に、
より強いフォースの力を身につけて、彼女たちを守ろうと思ったことなのですから。
ところが、形はどうあれ、強い力を身に付けたまでは良かったものの、
殺戮という殺戮を繰り返し、ジェダイを子供まで殺して根絶やし同然にした挙げ句、
ついには師匠(オビ=ワン)をも殺そうとするという、性格のあまりの激変ぶりに、
肝心のパドメの気持ちはアナキンから離れ、彼女は生きる気力を失って出産時に他界。
(↑しかも、そのパドメをもフォースで手に掛けようとする始末・・・・・・。)
双子の子供も、彼の脅威から守る為に別々に預けられてしまったため、
結局、アナキンに残されたのは、ダースベイダーとなった自分の体のみ。
パドメの死を知って、怒りと無念さにまかせて、
フォースで手術室の中の物をグチャグチャにしても、それはもう後の祭り・・・・・・。


空しいですよね、パドメとまだ見ぬ子供達の為を思っての行動が、
結局は自分から彼女達が離れてしまう、皮肉な結果となって帰ってくるなんて。
要は、パドメが出産時に息絶えてしまうという、自分が見た悪夢の原因が、
結局はフォースの暗黒面に落ちてしまった自分にあったわけですから。


暗黒面に落ちた後の彼の行動は、極悪非道以外の何物でも無いのですが、
ダースベイダーに成り下がるまでのアナキンの葛藤というのは、
自分の人生を左右するような大事な人に出会ったことがない私にも、
何となく分かるような気がします。


エピソード6(第3作・ジェダイの復讐)では、攻撃されている息子・ルークを助ける為に、
皇帝(パルパティーン)を自らの手で始末をして、最後に息絶えるという結末を迎えますが、
今回描かれた“悔恨”が、エピソード6での行動につながっているのかな?と、
今日、エピソード3を見終わった後に思ったのでした。
そういえば、エピソード3では、パルパティーンサミュエル・L・ジャクソンが対峙している時に、
アナキンがどちらを助けるのか迷い、結局パルパティーンを助けた、というシーンがありましたが、
エピソード6では、皇帝に攻撃を加えられているルークが、父であるダースベイダーに助けを求め、
ダースベイダーがどうするか葛藤する、という、似たようなシーンがありましたっけ・・・・・・。
(↑想像するに、エピソード3でも意識してこのシーンが入れられたのではないかと思います。)


とまあ、こんな感じで、本来では悪役となるはずのアナキンに、
不思議と感情移入をしてしまった、私にとってはそんな映画でした。